a long vacation

書かれた内容はすべてフィクションです

透明少女のすばらしさと、ガチ解釈

 

 

 

https://youtu.be/SUAnU1A38ec

 

 

 

 

すてきすぎる〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

みなさんこれ聞いてみてよ。

 

 

 

 

ということで、

 

今日はこのNumber Girlというバンドの「透明少女」という曲が好きすぎるので、

解説したいと思います!!!!!

 

 

まずNumber Girlというバンドについて!

 

 

f:id:mnkjpoi:20201003211312j:plain

 

 

 

 

Number Girlは俺のいちばん好きなバンドで、(2位はBeatles、3位ハマヌーン、4位Nirvana)、

 

 

理由は沢山ありますが、

 

主に他のバンドに影響を与えまくった(ASIAN KUNG-FU GENERATION星野源椎名林檎など)その優れた音楽性と、

 

日本の80年代の、ロックカルチャーが、

特徴的なファッションとかメイク

(BOOWYとかブルーハーツとかそのへんの「このバンドといえばこの服装だよね」というやつ)

と一緒に語られてた時代に、終止符を打ったというところ!

 

 

Number Girlは、

普通の服で、

そこら辺に居そうな人達がゴリゴリのロックを弾く

という点でこの頃90年代に出てきた他のバンド(くるりとか)と同じく、革新的でした!

 

 

Number Girlの音楽性は一言で言えば「青春」「衝動」という感じ。

(前期後期でかなり変わるけど)

 

 

ロックのジャンルとしては「オルタナティブロック」というのに分類されるんですけど、

 

こんな音楽性のバンド、音のバンドは海外のバンドを見てみてもあまり無いし、

 

 

日本のバンドもNumber Girl以前に、

Number Girlのような音楽を作っていたバンドがいなかった!

 

 

 

つまり最強!

 

 

 

 

海外にもファンはいてアメリカでのライブを成功させている!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

つぎ本題!この「透明少女」という曲について!

 

透明少女を聴くとまず「テレレレレ・・・」という特徴的な、

 

比較的高音で構成されたギターのリフから入ります。

 

 

それが4秒くらい続いたあと「デンデンデーン・・・」という低音のギターが入り、

 

ドラムとベースが鳴り始めるけど、もう入りこの10秒で、独特の音の浮遊感が感じられます。

 

 

夏の曲なんだけど、

 

夏の浮ついたような感じと、日差しと、

 

街にある涼しさとが開始10秒にぎゅっと詰め込まれている感じで素晴らしいです。

 

その後歌詞に入ります。

 

「赤いキセツ到来告げて 今俺の前にある 軋轢は加速して風景 記憶妄想に変わる」

 

Number Girlのギターボーカル作曲者、向井秀徳は「感覚的フレーズの名手」として知られています。

 

ようするに、感覚的フレーズというのは、

季節感や、日常で何となく感じるあの感じを、そのまま言葉にしてフレーズで表すのが素晴らしく上手いという。

 

例えば上の歌詞言うと「軋轢は加速して風景」というフレーズ。

 

まあこれは正直意味がわからないけど、

 

 

夏の騒がしい感じと、やっぱり涼しさを感じません?????(感覚の押し売り)

 

 

 

そしてここでポイントになるのは「軋轢」という単語。

 

なんだが難しそうだけど、

 

意味は、人間関係で差や違いが生じること、また人と仲が悪くなること。

 

ここで疑問が生じる。

 

・・・誰と誰の軋轢なんだ?

 

 

 

 

実はこれは伏線で、のちのち回収される。

 

 

 

そして歌詞は「気づいたら 俺は 何となく 夏だった」と続く。

これすごくいい歌詞だと思う。

 

「季節が夏になっていた」でもなく「俺は夏を感じていた」でもなく、

「俺は何となく『夏だった』」

 

俺が「夏だった」のだ。

 

それと、「なんとなく」と言う部分も素晴らしいと思う。

 

季節の速さと、それに気づいた時には「夏の一部」になっている自分との対比と焦燥感が感じられる。

 

赫い髪の少女は 早足の男に手をひかれ 嘘っぽく笑った

 

歌詞は「夏」と「俺」の描写から、「赫い髪の少女」の描写に変わる。

 

ほんとうに、歌詞に無駄がない。

惚れ惚れする。

 

「早足の男」(=彼氏、もしくは近い関係の男)に手をひかれる「赫い髪の少女」に主人公が(一瞬でもずっとでも)見とれている、という構図が、

「嘘っぽく笑った」という1文から推察できる。

 

また、「嘘っぽく笑った」という文から、

「早足の男」と「赫い髪の少女」が、ただの彼氏彼女という関係では無いことが推察できて、すごくいい。

 

 

そして次。

 

路上に風が震え 彼女は「すずしい」と笑いながら夏だった

 

 

 

 

ここだよ!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

ここなんですよ。

 

「赫い髪の少女」が「嘘っぽく笑った」瞬間、「路上に風が震え」たんだよ!!!!!

 

素晴らしい。

「赫い髪の少女」の含み笑いと一陣の風が目にありありと浮かび上がるようだ。

 

「彼女は「すずしい」と笑いながら夏だった」

ここももう100点です、

才能アリ。

(プレバトの俳句の先生)

 

ここは「嘘っぽく笑っ」てないんですね。

ほんとに笑ってる。

そしてこの歌詞は、

 

嘘っぽい笑いとほんとの笑いの違いに気づけるほど「俺」が「赫い髪の少女」に見とれてる、という証明に改めてなってもいる。

 

完璧じゃない?????????

 

そして「彼女は「すずしい」と笑いながら夏だった」、

ここは最初の歌詞を踏まえると、

 

「俺」が「夏だった」わけだから、

 

「彼女『も』「すずしい」と笑いながら夏だった」とするのが適切なように思えます。

 

 

なのになぜ「も」じゃないのか???

 

 

俺は気になって気になって蘇るところでした。性的衝動が。

 

 

俺が思うに、これは「早足の男」という人物の存在を改めて想起させるという役目があると思います。

 

ようするに、

 

「俺」も、

「赫い髪の少女」も、

「夏だった」けど、

一緒の夏ではない。

 

お互い違う場所や社会にいる。

 

 

ただ、「俺」が、「赫い髪の少女」の微笑みに見とれているだけなのです。

 

それだけの関係だ、ということです。

 

それをあらためて聴き手に印象づけるため、ここはあえて「彼女『は』」としたんじゃないかと思います。(深読み暴走マン)

 

 

 

そしてここからいよいよお待ちかね。

 

サビに入ります!!!!!

 

 

 

透きとおって見えるのだ

狂った街かどきらきら・・・

 

 

 

最高です。

 

ギターのパワーコードが激しく移動し、脳に直接訴えかけてくるようです。

 

 

「赫い髪の少女」に見とれ、「街かど」が「透きとおって見える」・・・。

 

これはタイトルの「透明少女」の伏線回収です。

 

はじめて、ここで、イメージとして「透明」が出てきます

 

そして「狂った街かど」という単語、

これも感覚的フレーズっぽいけど、

ここでひとつ疑問が浮かびます。

 

 

何が狂っているんでしょうか?

 

ヒントになるのは「嘘っぽく笑う」というのと、最初の「軋轢」

 

誰と誰の軋轢なんだろう?

 

 

実はその答えはさっき長々と書いた「は」にあって、

 

「俺」と「赫い髪の少女」との世界の違い、社会の違い、場所の違い」の軋轢だと思います。

 

そして、そこから関係性を予想してみると色々わかってくる。

 

 

 

この曲がリリースされた当時は、いわゆる「援助交際」の全盛期でした。

 

 なので実はこの「赫い髪の少女」は、

 

援助交際相手の「「早足の男」に手をひかれ」、「うそっぽく笑った」(=営業スマイル)という解釈ができ、

 

それに当てはめるとしっくり来ます。

 

たしかに一瞬でも惹かれた女の子が援助交際をしているかもしれない「街かど」は、狂っています。

 

「俺」は「赫い髪の少女」に見とれているけど、

「赫い髪の少女」には「早足の男」という男がいる。

 

けど、「赫い髪の少女」が「早足の男」に向けている笑いも、「嘘っぽい」という・・・。

 

 

この複雑な関係性。

 

それをひっくるめてこの歌詞は「狂った街かど」と一言できっぱり、的確に表現しています。

 

ほんとに、素晴らしいの一言です。

 

 

 

でも、そんな「狂った街かど」だとしても、「きらきら」「透き通って見える」と言っています。

 

 

青春のありのままを表現している。

 

ここも素晴らしい。

 

この「きらきら」というオノマトペも、ギターの鋭角なジャキジャキサウンドと合わさって、

夏の空気感が、曲にさあっと広がる。

 

もう最高です。

 

 

そしてサビの最後です。

 

気づいたら俺は 夏だった風景

街の中へきえてゆく

 

 

 

あああもう

すごい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

「気づいたら俺は 夏だった風景」

 

この歌詞はふたつ切り方がありますね。

 

「気づいたら、俺は夏だった風景」

 

「気づいたら俺は、夏だった風景」

 

 

どちらを選ぶかで解釈が少し変わります。

 

「気づいたら、」では、

「俺」の存在が、改めて「夏」の中に、はっきり浮かび上がってきます。

 

「気づいたら俺は、」では、

「赫い髪の少女」を含む「夏だった風景」を、「俺」が呆然と見ている、という印象を受けます。

 

どちらもありえるのですが、

「気づいたら、俺は夏だった風景」のほうが、

「赫い髪の少女」に見とれてた「俺」が、「夏だった」「俺」に改めて気づく、という感じがして、個人的には好きです。

 

 

 

そしてサビが終わり、

曲は間奏、美しい高音のアルペジオに移ります。

 

そしてアルペジオが終わった瞬間、またイントロの「テレレレレ・・・」というギターリフが鳴ります。

そして2番に入ります。

 

ここで改めてイントロの、夏の浮遊感が、強く印象付けられます。

 

そして、

 

はいから狂いの 少女たちは 桃色作戦で きらきら光っている

 

という歌詞になります。

 

この

「はいから狂い」

というのは、

向井秀徳が好んで使用しているフレーズのひとつで、

同名の曲もあります。

 

そして、「桃色作戦」というのは、

 

やはり援助交際の隠語というか、イメージではないでしょうか。

 

そしてまた彼女たちは、「きらきら光」るわけです

 

サビの伏線の回収というか、関連付けというわけですね。

 

 

そして、

 

街かどは今日も アツレキまくっている

 

という歌詞になります。

 

まあ「アツレキまくっている」わけです。

これも感覚的フレーズでしょう。

 

1番の「軋轢」と違って漢字表記ではないのは、夏の「暑」とのダブルミーニングという解釈もできます。

 

そして「とにかく 俺は 気づいたら 夏だった」と、サビに入ります。

 

サビは前の歌詞とそっくり同じ歌詞が繰り返され、

改めて「透きとおって見える」夏が聴き手に印象づけられたあと、

 

パワーコードが移動して終わるのですが、

 

 

 

1番のサビ終わりの途中まで移動して終わります。

 

最後の最後に、これによって曲の浮遊感や、焦燥感が生まれます。

 

何から何まで計算づくでした・・・。

 

 

 

とりあえず何が言いたいかというと、

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな透明少女聴こう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

おわり!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

テスト前だよ・・・俺何やってんだよ・・・。