a long vacation

書かれた内容はすべてフィクションです

散文のレッスン

「君はいつも、他人に見ろと言われたものしか見ていないように思える」

 

説教臭い看板を右に曲がり、路地に入る。だんだん辺りが暗くなり、太陽の光が届かなくなってくる。ちくしょう。新しい、糊のきいたシャツを着たくたびれた男。間違いなく服に着られている。

そわそわしてきた。辺りが気になるのだ。

この今は使われなくなったトンネルのなかで、俺は人を待っていた。顔がやつれていないかが心配だ。俺は人の目を気にする性質で、常に自分がどう見られているかが至上命題だ。思わず持ってきた手鏡を取り出し、自分の顔を見た。

かなり血色が悪い。目は充血しており、肌ツヤは絶望的で全体的に血の気が引いている。髪は寝癖っていたところを無理やりポマードで撫で付けているから、どこかぺしゃっとしていて不自然だ。

俺は絶望した。そうしてそわそわしながら、髪の手直しを開始したが、無駄だった。

 

「オイ」

 

声をかけられた。ずいぶんと早いお着きである。約束の時間まであと7分もある。

 

「何でしょうか」

 

われわれのルーツをたどる・自己複製子

 

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チンパンジーは、われわれと遺伝情報の99.7パーセントを共有している。

 

 

 

 

 

 

 

・われわれは何のために生まれたのか?

 

・なぜ何もないではなく、何かがあるのか?

 

・われわれとはいったい何なのか?

 

 

 

 

 

厨二病御用達のこういった類の問いは、答えを与えることが非常に難しい。

 

「1+1は?」のように、小さな子どもでもはっきり答えがわかるような易しい問いではないし、抽象的で、「○○的な観点から見るべきだ」ということが明らかではないからだ。

たとえば、「1+1は?」だったら、実際に足して計算してもいい。リンゴを使って説明してもいい。「数学的な観点から見るべきだ」ということが明らかな問いである。

 

しかし、上のような問いは、さまざまな学問が、さまざまな観点から見ることができる。

そしてそれゆえに、さまざまなかたちで答えが見つけられてきた。

いや、「考えられてきた」と言うべきか。

 

たとえば、1番上の「われわれは何のために生まれたのか?」という問いには、今なお思想史にその名を残す大哲学者、イマヌエル・カントが答えを見つけた。

 

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カントが見つけた答えはこうだ。

 

「生きる意味を問い続けること、それ自体が生きる意味である」

 

「このために生まれた」というような「生きる意味」は本質的にはないかもしれないが、「生きる意味を問い続ける」ということは、人間に与えられた峻厳な課題であるとカントは考えた。自殺することは、この崇高な義務から逃げることだ。だから自殺はいけませんよとカントは続けている。

 

皆さんはどう思っただろう?

ちなみに俺は考えに考え抜いた結果、明確な答えが得られなかったので、最終的には「うるせェ!!!!!生きろ!!!!!!!!!!(ドン)」とルフィみたいになってしまった。

 

 

この答えは個人的には屁理屈感があって好きではないが、偉大な洞察であるとは思う。実際に、カントの哲学に命を救われたという人間もいる。

 

 

カントは見事に、答えを与えることが難しい「われわれは何のために生まれたのか」という問いに対して「哲学的な観点から」答えを与えることに成功した。

願わくば俺も追従したい。カントのように哲学的な問いに対して偉大な洞察を披露し、多くの人々から褒められたい。

 

そして巨乳美女とイチャイチャしたい。

 

 

 

そうやってああでもないこうでもないと試行錯誤しているうちに、あることに気がついた。

 

 

われわれは、われわれのことについて、あまりにも知らなすぎる。

 

 

そもそもの情報が足りなかったのだ。自分たちに対するメタ認知が足りていなかった。

 

 

よって今回は、先人たちの文献や研究を引用し、「化学的な観点から」、われわれのルーツに迫っていきたいと思う。

 

 

 

 

 

生命の旅

 

 

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はじまりは、3〜40億年前の原始の海。そこは巨大なスープであった。無数の原子が漂い、時にはぶつかり合って化学反応を起こし、そしてより安定した分子になった。

もともと地球には、その時点で水、アンモニア二酸化炭素、メタンなどの単純化合物が存在した。これらは紫外線や稲妻などのエネルギーによって「原始のスープ」内の分子と化学反応を起こし、永遠とも呼べる時の中で、さらに数多の化合物が生まれていった。

 

生命誕生以前の地球を模したフラスコの中で実験を行った際にも、その「数多の化合物」は生まれたのだが、その中で特筆すべきものがいくつか生まれた。

 

プリンやピリミジンなどの有機物である。これらは、遺伝物質DNAの構成要素だ。

 

もちろん「原始のスープ」でも、これと似たような過程が起こったと考えられる。単純な有機物たちが生成され、それらは紫外線などの影響を受けて、だんだん大きな有機分子になっていった。

 

そうしてよどみに浮かぶ数多の泡沫分子がかつ消え、かつ結びて、久しくとゞまりたるためしがなかった(方丈記)ところに、ある一つの特質を持った有機分子が生まれた。

 

 

自己複製子である。

 

 

見かけ上はほかの分子とあまり変わりがなかったかもしれない。しかし、彼らは他の分子と一線を画す、ある明確な特質を有していた。自分のコピーを作ることができることだ。

 

自己複製子ができる確率はものすごく低い。だから、原始のスープの中で、「たまたま偶然」自己複製子が誕生した、という科学者たちの見解に対して、「偶然と呼ぶにはあまりにも出来すぎだ」と、神の存在を主張する人々も存在する。

 

しかし、「ものすごく低い確率」「できるわけがない」というのは、あくまでわれわれの尺度で見た場合である。人間の寿命は70年から80年しかないが、分子たちは数十億年もの時間の余裕があった。

そして、自己複製子はひとつだけ生まれればよかった。

他の分子が安定した形態を保持しつつ残るためには、たくさん数がいなければならないので、そのための豊かな環境条件やエネルギーが必要である。

しかし、自己複製子はひとたび生まれてしまえば、材料のあるところで自ら無限に増殖する。

 

1つ自己複製子があるとする。彼は材料を見つけ、2つになる。するとその自己複製子は1つずつ2倍になるため4つになる。4つが2倍になると8つになる。8つが2倍になると・・・というように、彼らは簡単に増えてしまえるのだ。

 

実のところ、われわれの遺伝物質であるDNAが、地球上に誕生した最初の自己複製子であったかどうかはわからない。

 

他にも自己複製子が生まれていて、その中でDNAが生存競争に打ち勝ったから今があるのか、有力なライバルである他の自己複製子が誕生する前に、DNAが圧倒的なスピードで他の分子に差をつけて地球上を覆い尽くしたのか。

 

いずれにせよ、わかっていることがひとつだけある。

 

生まれた自己複製子たちは、ほかの分子たちに圧倒的な差をつけて生存競争を生き抜くことができた。そして、その末裔こそが、いまのわれわれなのである。

 

こうして自らのコピーをつくることによって、原始のスープの覇者となった自己複製子だが、どうしても避けて通れない事象が発生した。

それが、自らを完全にコピーできないときがあるということだ。

ゲームと同じで、自己複製子の複製機構も完全ではないのだ。時折バグが発生する。われわれの世界では、この類のバグを指して突然変異と呼んだりする。

 

 

しかし、このバグがわれわれの運命を決定付けることになる。

 

それが、1代目の誤りなら大した差はなかった。

たとえば親→子と複製される過程で子が2人でき、そのうちの一方(子A)は親の完全なコピーだが、バグの末突然変異が起き、もう一方の子の方(子B)は子Aより少しコピーを多く作れる能力を有した。それなら大した差はない。

しかし、バグは蓄積されていくのだ。

子Bの子孫は、バグによって生まれた「より少しコピーを多く作れる」という能力を受け継いでいるので、世代を経るごとに、子Aの子孫よりもその数を増やしていくことになる。そして、子Aの血脈は淘汰されていった。

例えるなら無限1UP状態か?

 

いや違うわ。適切じゃなかったわ。やめとくわ。

 

 

 

自己複製子たちは、自己複製子vsその他の分子、という戦いで勝利を収めたのち、優れた形質をもつ自己複製子vs劣った形質をもつ自己複製子、という対立の図式で、意識せずとも内紛を始めたのである。

 

こうした淘汰を経て、いくつかの形質をもつ自己複製子だけが生き残った。

 

 

・寿命が長い

 

・複製が正確である

 

・より多く複製できる

 

 

 

これらの形質は、より自己複製と生存に有利だ。

そして、われわれはその子孫だ。

 

 

もう1つ大事なことを言っておかなければならない。

バグが起きるのは能力だけではないということだ。たとえば、一番初めの自己複製子は素っ裸だったろう。すなわち、原始のスープに、有機分子が漂っているだけだったろう。

しかしあるときある個体が複製に失敗し、有機分子の外側に、箱のような機構を伴った自己複製子ができたとする。

 

 

ん・・・?????

 

 

箱のような機構・・・?????????

 

 

うっ・・・頭が・・・!??!?!?!?!?!?

 

 

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そう。みなさんご存知、細胞である。

 

 

今存在している細胞はもっと複雑な機構だが、DNAを有した袋である、中心部分の「核」がこれとまったく同じ構造をしている。

 

 

もちろん、突然変異という伝達バグは自己複製と生存にプラスになるものだけではなく、マイナスになるものも発生した。

たとえば「誕生した瞬間に岩に激突して死のう!」というクレイジーな形質を有した自己複製子も過去に作られた可能性があるが、そんな形質は真っ先に淘汰され、遺伝子が残らなかった。すなわち死んでいったのである。この繰り返しが進化だ。

 

 

進化という言葉を使うと、たいていの場合、あたかもキリンが自ら望んで首を長くしたかのようなニュアンスを伴うが、実際はそうではない。

 

進化というのは自然淘汰だ。それらは能動的ではない。偶然たまたま生存と自己複製に有利な形質を有した個体が生き残り、有さない個体は死んだ。

 

それだけである。それの繰り返しで、今のわれわれが生まれた。

 

 

現在のわれわれに結びついている突然変異、バグの例を挙げよう。

 

 

 

・大きいと生存に有利だよね!偶然そういう似た自己複製子同士が結びつき、より大きな個体を形成するようになったよ!→多細胞生物

 

・漂っている分子を見つけるより、自分でものを分子レベルまで分解して、そこからエネルギーを取り入れられる方が生存にも自己複製にも有利だよね!偶然そういう機構ができたよ!→食事

 

・周り見えたほうが生存に有利だよね!偶然そういう→目ができる

 

・周りの状況判断して合理的な行動取れる方が生存に有利だよね!偶然そう→心ができる

 

・周りの音聴けた方が生存に有利だよね!偶然→耳ができる

 

・2個の個体の遺伝子を混ぜて個体を形成するほうがお互いの形質を受け継ぎやすいし生存に有利な変異もしやすいかも!偶→オスとメス

 

 

 

 

・・・とまあざっと書けるだけでもこれくらいある。

 

 

 

われわれは生存のための機械のようなものである。われわれを操っている本体はDNAなのだ。

理性も、感情も、あとから生まれた要素にすぎない。

 

 

そして、その事実と向き合うために、次回からは進化という観点で、われわれの行動や心理を解き明かすシリーズをやりたい。(不定期)

 

われわれは、その事実と向き合うことで・・・

 

 

 

 

 

 

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あ!!!!!!!!!!!!!!!!!!虹だ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

きれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

われわれのルーツをたどる・自己複製子

 

 

 

 

 

 

the clash「lost in the supermarket」和訳・歌詞解釈

 

 

 

https://youtu.be/hZw23sWlyG0

 

 

I'm all lost in the supermarket

I can no longer shop happily
I came in here for the special offer
Guaranteed personality

 

スーパーマーケットで迷子になっちゃった

楽しく買い物なんてもうできない

特別な商品が欲しくてここに来たのに

保証付きの人格が欲しかったんだ

 

I wasn't born, so much as I fell out
Nobody seemed to notice me
We had a hedge back home in the suburbs
Over which, I never could see

 

望んで生まれたというより、世界に落ちてきたみたい

誰も僕のことを気にかけてはくれなかった

郊外の家には垣根があって

けして外を見ることはできなかったよ


I heard the people who live on the ceiling
Scream and fight, most scarily
Hearing that noise was my first ever feelin'
That's how it's been, all around me

 

色んな人が暮らしている声が天井から聞こえてくるんだ

叫んだり喧嘩したり、とても怖かった

でもその騒音がはじめて感じたことだった

僕はそうして生きてきたんだ

 

I'm all lost in the supermarket

I can no longer shop happily
I came in here for the special offer
Guaranteed personality

 

スーパーマーケットで迷子になっちゃった

楽しく買い物なんてもうできない

特別な商品が欲しくてここに来たのに

保証付きの人格が欲しかったんだ

 

I'm all tuned in, I see all the programs
I save coupons from packets of tea
I've got my giant hit, discotheque album
I empty a bottle, I feel a bit free

 

すっかり社会に馴染み、テレビ番組を見て

紅茶の袋の割引券を集める

大ヒットしたディスコのアルバムも持ってるし

お酒を一瓶開ければ少し自由な気持ちになれる


The kids in halls and the pipes in the walls
Making noises for company
Long distance callers make long distance calls
And the silence makes me lonely 

 

広間の子供たち、壁に通されたパイプ

働く人々の騒音

長距離電話をしている人たちは僕だけを一人にするようだ

その静けさが僕を孤独にする

 

I'm all lost in the supermarket

I can no longer shop happily
I came in here for the special offer
Guaranteed personality

 

スーパーマーケットで迷子になっちゃった

楽しく買い物なんてもうできない

特別な商品が欲しくてここに来たのに

保証付きの人格が欲しかったんだ

 

And it's not here
It disappeared

I'm all lost…

 

ここにはないよ

それは消えてしまった

僕は迷子…

 

 

 

 

the clashについて

 

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クラッシュは、1970年代から80年代にかけて活動した、パンクロックバンドです。

パンクロックとは、一言で言うとこういう人たちの音楽(これはかなりやりすぎな方だが)。↓

 

 

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パンクロックは、革ジャンと鋲付きベルトという特徴的なファッションと反社会的な歌詞、単純で荒々しいギターの音で、当時のイギリスやアメリカの若者を虜にしました。

他に有名なパンクロックバンドはsex pistols、damnedなど。このふたつとクラッシュは、合わせて「三大イギリスパンク」なんてくくりで呼ばれたりします。

 

その中でもクラッシュは他のバンドと一線を画し、パンクロックらしからぬ詩的で文学的な歌詞と、スカ、R&Bなどの他のジャンルとパンクとの融合を試みるなど、かなり実験的な、多様な音楽性で知られています。

 

この曲も、いわゆるパンクロックというよりは、もっと繊細な感じがします。

 

 

・歌詞について

 

 

I'm all lost in the supermarket

I can no longer shop happily
I came in here for the special offer
Guaranteed personality

 

スーパーマーケットで迷子になっちゃった

楽しく買い物なんてもうできない

特別な商品が欲しくてここに来たのに

保証付きの人格が欲しかったんだ

 

 

 

まず、この歌詞の「スーパーマーケット」は、単なる文字通りの意味だけでなく、現代の生活や、大量消費社会の象徴としてのスーパーマーケットです。

主人公はそこで「迷子になって」いる、つまり正しい生き方や生活がわからなくなっています。

 

なぜ彼がスーパーマーケットに行き着いたのかというと、「guaranteed personality」が欲しかったからだと説明されています。「guaranteed」は保証(書)、「personality」は人格と言う意味なので、この語は「保証付きの人格」と訳されます。

 

どういう意味でしょうか?

 

英語の歌詞解釈サイトを参照してみると、これはどうやら「消費者がスーパーマーケットで商品を選択することによって、自らのアイデンティティが保証される手段を社会が提供してくれること」を指すようです。

 

彼はスーパーマーケットで商品を選ぶことによって、その判断によって、自らの人格を定義しているというわけです。

が、ここでひとつ疑問。

なぜ「スーパーマーケットで商品を選ぶ」という行為だけわざわざフォーカスしているのでしょうか?

 

だって人格なんて、ふつうの友達や人間関係のなかで定義・保証されていくのものでしょう。「スーパーマーケットの商品選択」という歪な例をわざわざ出す必要はないのではないでしょうか。 

 

 

とにかく続きを見ていきましょう。

 

 

I wasn't born, so much as I fell out
Nobody seemed to notice me
We had a hedge back home in the suburbs
Over which, I never could see

 

望んで生まれたというより、世界に落ちてきたみたい

誰も僕のことを気にかけてはくれなかった

郊外の家には垣根があって

けして外を見ることはできなかったよ

 

 

 

この部分は主人公の生まれを歌っています。「垣根があって外を見ることができなかった」というのは、物理的な問題であると同時に、心理的な問題でもあります。この頃から彼と外界とは隔たれていたわけです。

 

 

I heard the people who live on the ceiling
Scream and fight, most scarily
Hearing that noise was my first ever feelin'
That's how it's been, all around me

 

色んな人が暮らしている声が天井から聞こえてくるんだ

叫んだり喧嘩したり、とても怖かった

でもその騒音がはじめて感じたことだった

僕はそうして生きてきたんだ

 

 

この部分でも引き続き主人公の生まれが歌われています。ここでキーとなるのは「most scarily」という部分。ネイティブは、あんまりこういう言い方をしません。

歌詞解釈サイトによると、これは意図してのことで、作詞者のジョー・ストラマーはあえてぎこちない表現を使うことによって、この詩に「子供の書いた作文のような印象」を与えようとしているのだそうです。クラッシュすげえ。

「how it's been」は「どうやってそうあったのか」つまり「過去の成り立ち」なので、「こうして生きてきた」と訳しました。

 

 

I'm all tuned in, I see all the programs
I save coupons from packets of tea
I've got my giant hit, discotheque album
I empty a bottle, I feel a bit free

 

すっかり社会に馴染み、テレビ番組を見て

紅茶の袋の割引券を集める

大ヒットしたディスコのアルバムも持ってるし

お酒を一瓶開ければ少し自由な気持ちになれる

 

 

 

さてサビを挟み、主人公の現在の生活へとシーンが移ります。主人公は大人になっているということが、「empty a bottle」という表現から分かります。

ここでの「tune」は「調子」の意味の他に、「調律する、調子を合わせる」という意味があり、よって「i'm all tuned in」は、「(社会によって)矯正された」と訳すことができます。

訳詞にする際には「矯正されて」とすることも考えましたが、詞の感じからは、主人公がどこか俯瞰して自分のことを見ているようなイメージを抱きました。少なくとも矯正されていることに不快感を抱いている様子もなく、むしろ可能な限り順応しようとしているので、「すっかり社会に馴染み」としました。

「program」は計画、テレビ番組、もしくはそのままプログラムと訳すことも出来ますが、「see」と組み合わせてみると、「計画」や「プログラム」は実生活を描写するここの部分には訳としてそぐわなそうです。なのでここはテレビ番組のことでしょう。

「save」は「守る」だけでなく、「集める」という意味もあり、続く「紅茶の袋の割引券を集める」という一文からは、必死に忙しない生活に「tune」しようとしている主人公の様子が窺えます。

続く二文もそうで、ディスコは当時の流行ですし、世俗的なことを、社会に迎合するために酒を飲んで忘れようとしています。

 

 

The kids in halls and the pipes in the walls
Making noises for company
Long distance callers make long distance calls
And the silence makes me lonely 

 

 

ここでは「音」について触れられています。この曲の詞で特徴的なのは、「外界」と「私」が意図して切り離されている、という点です。例えば最初の部分では「垣根」によって「私」と「外の世界」は切り離されています。

続く部分でも「叫んだり、喧嘩している人」がいて、「私」はその声が天井から漏れているのをただ聞くだけです。

そしてさらに続く場面でも、ディスコアルバムやテレビなどの「社会」と「私」が切り離されています。

ここで「i'm all tuned in」という一文が鍵になってきます。確かに「矯正された」のは矯正されたのですが、それは外面だけで、主人公の内面はまだ大量消費社会や当時の社会的な生活に順応しきってはいないのです。

 

ここを踏まえて歌詞をさらに考察してみると、最初の「なぜアイデンティティの保証について、スーパーマーケットでの商品選択という極端な例を出すのか」という最初の疑問の説明がつきます。

彼にとっては友人も生活も、テレビ番組を見ることも、紅茶の袋の割引券を集めることですら、どこか自分とは隔てられて存在しています。そして、都会的な生活を空虚な目で、俯瞰的に見ています。

その「主人公が都会的な大量消費の生活に上手く馴染めない感じ」と、「現代の生活の風刺」の2つを象徴する事象が「スーパーマーケットの商品選択によるアイデンティティの保証」であり、そしてそれを表現するものこそが「スーパーマーケットで迷子」という言葉なのです。

 

アイデンティティの選択の例として、都会の生活に上手く馴染めない彼にとっては、友人との交流はふさわしくないのです。

 

 

疑問が解決されたところで、あらためてこの部分の歌詞を見ていきましょう。

 

「company」は直訳で「会社」ですが、ここでは広く「働く人」とした方が適訳でしょう。なので「making noise for company」は「働く人々の騒音」としました。

続く「Long distance callers make long distance calls」もカギです。直訳では「長距離電話をしている人は長距離電話をしている感じがする」となりそうですが、前の段の解釈を踏まえると、主人公の心の距離に言及した表現であるということがわかります。なので「長距離電話をしている人たちは僕だけを一人にしているようだ」と訳しました。

 

 

And it's not here
It disappeared

I'm all lost…

 

ここにはないよ

それは消えてしまった

僕は迷子…

 

 

 

そしてもう一度サビを挟み、「それはここにはない」「それは消えてしまった」という二文が歌われます。そして曲はフェードアウトします。

「それ」が何なのか、という疑問が湧いてきますが、今までの考察から考えるに、「それ」は主人公が都会の生活に描いていた理想や憧れといった抽象的なものを指しているのではないかと考察できます。

郊外の家で自らと外界の隔絶を感じ、都会で暮らすも夢破れ、大量消費社会、都会の暮らしに上手く馴染めていないという主人公像が、ここではっきりと浮かんできます。

 

その主人公の様子を巧みに表した一文が「スーパーマーケットで迷子だ」ということなのです。

 

 

 

この詞を書いたジョー・ストラマーは、本や新聞をよく読む人で、かなりのインテリだったらしいです。

それはクラッシュの他の詞にも現れており、それらはバンドが解散し、ストラマーが亡くなった今でも、ファンによって聴き継がれ、考察がなされています。

 

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ストラマー本人は、メンバーのミック・ジョーンズの幼少期(ロンドン南西部のワンズワースで祖母と暮らした)を想像してこの曲を書いたと語っています。

 

 

・重要表現・単語

 

no longer

もはや 〜ない

 

Guarantee

保証(する)、確約する、保証書付きの

 

personality

個性、性格、人格

 

disappear

消える、姿を消す、なくなる

 

hedge

垣根、生け垣

 

empty

中身のない、空っぽの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくらはいきもの

人が、旅に出たい、どこか遠くに行きたい、というとき、それは自分探しや静養なんて美しい目的じゃなくて、大体は今のコミュニティを離れたいという下卑た欲求が元になっている。

 

そういう人は、今自分が所属している社会集団の中での、自分の立ち位置に満足していない。

 

もっと認めてもらいたい、もっと大きな自分になりたい。理想の自分になりたい。

ただそんな努力はしたくない。めんどくさい。

そういう欲求不満。承認欲求が満たされていない。

 

その成れの果てが「旅に出たい」「遠くに行きたい」だと思う。俺はだからこの言葉が嫌いだ。

 

 

自分探しをしている人は多く見てきたが、自分を見つけたという人にめっきり会わないのは何故だろう。

旅に出る前に自分が所属していた社会集団を離れて、新しいところに、集団の中で自分のヒエラルキーが高くあれて、なおかつ集団としての価値も高く、自分の承認欲求が満たされる、そういう集まりを探しに行く。

自分を見つけるのではない。自分があるべき場所を見つけるのだ。安らげる場所を探しに行っているだけ。

「自分探しの旅」というのは、「自分が今所属している集団はクソで、それに私は満足できないので、私は、この集団を捨ててこんなにすばらしい私が本来いるべき新しい居場所を探しに行きます」というものをオブラートに包んでいるだけのことだ。

自分はどこにも逃げはしない。

 

なぜなら生き物なので。動物なので。

生き物の枠の中で賢ぶろうとしても無駄だと思う。アイドルだってトイレには行く。どんなに勉強しても、ナイフで刺されたら死ぬ。

はかないな〜〜〜〜〜

 

射精した後、俺は今この文章を書いている。今の俺はいわゆる「賢者タイム」で、頭がすごいクリアだから、今ならきっと高校生クイズくらいなら優勝できるだろう。いやできないか。やっぱやめとくわ言うの。確証がないわ。

 

 

 

旅に病んで

夢は枯野を

かけめぐる

 

松尾芭蕉の辞世

 

なんで俺は松尾芭蕉の辞世を唐突に書いたんだろう。書きたくなったからしょうがない。

 

辞世といえば遺書。人が死ぬ間際に遺した文章は本当に美しいものが多い。

俺がとくに好きなのは円谷幸吉と、カート・コバーンの遺書。

 

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彼はマラソン選手で、東京五輪では銅メダルを取ったものの、その後は怪我やトラブルに悩まされ、27歳で自殺する。

 

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上の遺書は読めない人もいると思うので、全文を貼る。

 

 

父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿 もちも美味しうございました。
敏雄兄姉上様 おすし美味しうございました。
勝美兄姉上様 ブドウ酒 リンゴ美味しうございました。
巌兄姉上様 しそめし 南ばんづけ美味しうございました。
喜久造兄姉上様 ブドウ液 養命酒美味しうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。
幸造兄姉上様 往復車に便乗さして戴き有難とうございました。モンゴいか美味しうございました。
正男兄姉上様お気を煩わして大変申し訳ありませんでした。
幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、
良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、
光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、
幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、
立派な人になってください。
父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
何卒 お許し下さい。
気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。
幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。

 

 

美しい。名文。全ての行が感謝と後悔で締めくくられており、それが、円谷幸吉の人となりを、直接見た事のない我々に訴えかけてくる。

胸が締め付けられる遺書である。

 

カート・コバーンの遺書も美しい。彼はミュージシャンで、円谷幸吉と同じく27歳で自殺した。

 

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遺書はこちら。

 

 

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これも読めないと思うので、下に解説サイトを貼る。

 

http://kurtcobain.g2.xrea.com

 

彼はロックミュージシャンで、アルバムが大ヒットして一躍人気者になった。しかし、ロックの本質は反体制・反権力。人気者になったことで、彼は体制側になり、権力側になった。その矛盾に苦しんでいた、らしい。(他殺説もある)

 

遺書を読むと感化されてしまう。負のパワーは伝染しやすいので。

 

今日はこのあたりで終わる。

 

 

 

 

 

和訳 the libertines「time for heroes」

https://youtu.be/HAusT_Yl1gE

 

 

 

こんにちは。この歌良くないですか?

(感覚の押し売り)

 

 

この歌はぼくの好きなバンド「the libertines」の、「time for heroes」という曲です。

 

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この人たちがリバティーンズ

 

 

リバティーンズは1997年にイギリスはロンドンで結成され、

ガレージロック・リバイバル」というジャンルの音楽をやっていました。

 

ガレージロック・リバイバルというのは、当時(2000年代前半)流行っていたロックのジャンルで、

リバティーンズはその中の代表的なバンドのひとつです。

 

そもそもガレージ・ロックっていうのが、1960年代に流行っていたロックのジャンルで、

 

その名の通りガレージで練習してるような荒い音質で、「わお、イッツアロックンロール」というような音を出すものでした。

 

 

そして、リバイバルが「復活」とか「再流行」ですから、ようするにガレージロック・リバイバルというのは、、、、、

 

 

ガレージ・ロックよかったからもっぺんやったろうやないか〜い!!!!!

 

 

というやつです。

 

 

特徴はめちゃくちゃに古めかしい(2000年代初頭とは思えない)音質と、無駄な加工をほとんどしてない楽器の音です。無駄に歪めたりエフェクト掛けたりしてないわけですね。

 

まあガレージ・ロックです。(投げやり)

 

 

リバティーンズの魅力です。

 

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リバティーンズのメンバーは4人いて、

ベースのジョン・ハッサール(1番左)、

ギターボーカルのカール・バラー(真ん中左)、

ドラムのゲイリー・パウエル(真ん中右)、

そして、ギターボーカルのピート・ドハーティです(1番右)。

 

中心人物はカール・バラーピート・ドハーティーですが、

ふたりはすごく仲が良く、

 

若い頃は一緒の部屋に住んでたり、ライブでキスをしたりしてました。

 

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可愛いのがピート、かっこいいのがカール。

 

 

一緒に自殺しようとしたこともあったそうです。(カールが精神的に辛かった時)

 

 

まあバンドを始めてから成功し出すんですが、

 

しばらくするとリバティーンズに暗雲が立ち込めます。

 

 

 

ピート・ドハーティーは、めちゃくちゃ困ってちゃんだったのです。

 

 

 

どのくらい困ってちゃんだったんでしょうか。

代表的な彼のエピソードをあげてみます。

 

 

 

・薬物所持で数十回逮捕

・一日に薬物所持、無免許運転、飲酒運転のトリプルコンボで逮捕される

・相方カールの家へ盗みに入る

・逮捕されすぎて日米入国できない

・子供番組にも出演できない

道路交通法違反の裁判中、ポケットに入っていたコカインを落っことしそのまま逮捕

・薬物治療院に入所するも、「他の患者に悪影響」と3日で追い出される。

・イギリスのクラブで3000万の石像を破壊し永久出禁。

・ドイツツアーでナチス時代の国家を歌い強制退場。

 

 

 

・・・むちゃくちゃです。

 

 

まあ見てわかる通りゴリゴリの薬中で、めちゃくちゃヤバいやつなんですけど、

 

めちゃくちゃいい曲書くし、

 

めちゃくちゃかっこいいんですよ。

 

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バチクソイケメン。

 

 

・・・しかし、結果としてピートのせいでバンドはガタガタになって、解散してしまいました。

 

 

これだけ騒ぎを起こせばね・・・

なんで生きてるか不思議なくらいです。

 

 

相方のカールもさすがに愛想を尽かした感じですね。

 

 

 

というわけで、薬物と退廃のバンド、ザ・リバティーンズの「time for heroes」和訳です。

 

 

 

Did you see the stylish kids in the riot?

暴動の中にいたイカした奴らを見たか?
Shovelled up like muck and set the night on fire,

堆肥みたいに寄せ集められて、夜を赤く燃やしてた
wombles bleed. truncheons and shields,

ウォンブルズが血を流し、警棒とシールドが見え
you know I cherish you my love.

君を愛してるよ  知ってるだろ


But there's a rumour spread nasty disease around town

だけど街中では悪い病気が広まってるらしいんだ
caught round the houses with your trousers down

君がズボンを下ろすと、それを貰っちまう
a head rush, in the bush...

藪の中でクラクラして

you know I cherish you my love

君を愛してるよ  知ってるだろ

 

tell me what can you want? you've got it all

いったい何が欲しいのか教えてくれ

君は何もかも持ってるっていうのに
ah the scene is obscene, time'll strip it away

見るに堪えないすべてのシーン、結局は時とともに流れる
a year and a day 

一年と一日経つと
Bill Bones - Bill Bones

ビル・ボーンズ、ビル・ボーンズ

know what I mean

あいつなら分かってくれる

 

he know's it's eating, it's chewing me up,

俺は食べられて、腐っていってるんだ

 it's not right for young lungs to be coughing up blood

若い肺は血を吐いてる、これは異常事態

it's all, it's all in my hands and it's all up the wall... 

何もかも、何もかも思い通りにできたのに

now the stale chips are up and they hope stakes are down

しけたチップスと共に希望はなくなっていき
it's these ignorant faces they bring this town down how

俺の事を分かろうともしないやつら

I sighed and sunken with pride I passed myself
down on my knees

プライドともに失望した俺は、自分自身に跪いた
yes I passed myself down on my knees

自分自身に跪いたんだ

 

now tell me what can you want see you've got it all

いったい何が欲しいのか教えてくれ

君は何もかも持ってるっていうのに
the whole scene is obscene time will strip it away

見るに堪えないすべてのシーン、結局は時とともに流れる
a year and a day 

一年と一日経つと

Bill Bones Bill Bones

ビル・ボーンズ、ビル・ボーンズ

knows what I mean

あいつならわかってくれる
He knows there's fewer more distressing sights than
that of an Englishman in baseball cap

野球帽を被るイギリス人ほど悲惨な光景はないってこと

now we'll die in the class we was born

俺たちは自分たちの階級の中で生まれ、死んでいく
that's a class of our own

自分たちの階級の中で

 

Did you see the stylish kids in the riot?

暴動の中にいたイカした奴らを見たか?
Shovelled up like muck and set the night on fire,

堆肥みたいに寄せ集められて、夜を赤く燃やしてた

wombles bleed. truncheons and shields,

ウォンブルズが血を流し、警棒とシールドが見え
you know I cherish you my love

君を愛してるよ 知ってるだろ

oh,I cherish you my love

君が愛しくて仕方がないんだ

 

 

 

 

はい。いかがでしたでしょうか。

 

タイトルは、直訳で「英雄たちのための時間」ですね。もうタイトルが最強。

 

これはピートの書いた歌詞だと思うんですけど、故事成語や文学的な表現がすごく多くて訳すのが難しかったです。

 

 

何この歌詞?ウォンブルズって誰?

 

という人に背景を説明すると、

 

この曲はピートが、2001年に起きた、学生の暴動を見て書いたそうです。

当時警察が出動して乱闘になる事態となり、町中が騒然としました。

 

 

その暴動の憧憬を描写した詩なのですが、ところどころ散文的な要素が入り交じり、それがより歌詞を奥深いものにしています。

 

この暴動は若いピートにとって感じ入るものがあったようで、インタビューで本人が「すごかったよ。国会にだって行けそうだった。」と語っています。

 

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ちなみに、リバティーンズのファーストアルバムのジャケットには、その暴動の時にシールドを構える警察の写真が使われています。

 

 

そして、ウォンブルズはその暴動の中心であった学生団体の名前。

ビル・ボーンズは、ピートが好きな小説「宝島」に出てくる老海賊です。

 

宝島など複数のモチーフがピートの歌詞には出てきます。

 

 

この歌は、僕の訳が稚拙なので伝わらないところもあったかもしれませんが、とにかく表現が文学的ですばらしいんですね。

 

この「did you see the stylish kids in the riot?」という一文は暴動を象徴する文になっており、

 

 

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こういうのも作られてるみたいですね。なんやこれ。ポスターかな?

 

 

まあ他にもリバティーンズはすばらしい曲を沢山書いているのでそのうちに訳していきたいです。

 

【重要単語・成句】

 

cherish

愛しく思う。大切に思う。

「love」とは少しニュアンスが違うらしい。

 

headrush

薬物による陶酔感。薬物でくらくらする。

「頭が急ぐ」という・・・。的確。

 

obscene

卑猥な、低俗な、醜悪な。

ここでは悩んだ挙句「見るに堪えない」としました。

 

a year and a day

直訳で「一年と一日」ですが、これはイギリスの成句で、一年の契約が確実に満了することを指すようです。

 

この詩では文脈から察するに「全てのシーンは時とともに『確実に』流れる」というような意味合いで使われています。

 

どう訳すか迷いましたが、「一年と一日経つと」としました。

 

an Englishman in baseball cap

「野球帽を被った英国人」。イギリスでは野球は国民的スポーツではなく、代わりにクリケットがそうです。

 

詩では「悲惨な光景」と言っています。「異国の文化に媚びるな」ということでしょうか。

 
class
階級。イギリスは階級社会で、労働者階級、市民階級、上流階級など、階級がはっきり分かれています。
 
日本人にはあまり馴染みが無いかもしれませんが、
 
イギリスでは未だにその階級は根強く(同じ階級どうしでしか結婚できない、収入や言葉遣いに差があるなど)、
この詩では「俺たちは自分たちの階級で生まれ、死んでいく」と言っています。
 
 
なので一生脱せないわけですが、それでも「暴動の中にいたイカしたやつら」は「夜を赤く燃やしていた」わけです。
 
 
 
ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(薬物による陶酔感)!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 
 
この歌詞、百点満点中、五万点!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(理性崩壊)
 
 
 
 
そのような予備知識を頭に入れてこの詩を読むと、より一層深く感じ入ります。

 

 

ではまた。

 

 

透明少女のすばらしさと、ガチ解釈

 

 

 

https://youtu.be/SUAnU1A38ec

 

 

 

 

すてきすぎる〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

みなさんこれ聞いてみてよ。

 

 

 

 

ということで、

 

今日はこのNumber Girlというバンドの「透明少女」という曲が好きすぎるので、

解説したいと思います!!!!!

 

 

まずNumber Girlというバンドについて!

 

 

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Number Girlは俺のいちばん好きなバンドで、(2位はBeatles、3位ハマヌーン、4位Nirvana)、

 

 

理由は沢山ありますが、

 

主に他のバンドに影響を与えまくった(ASIAN KUNG-FU GENERATION星野源椎名林檎など)その優れた音楽性と、

 

日本の80年代の、ロックカルチャーが、

特徴的なファッションとかメイク

(BOOWYとかブルーハーツとかそのへんの「このバンドといえばこの服装だよね」というやつ)

と一緒に語られてた時代に、終止符を打ったというところ!

 

 

Number Girlは、

普通の服で、

そこら辺に居そうな人達がゴリゴリのロックを弾く

という点でこの頃90年代に出てきた他のバンド(くるりとか)と同じく、革新的でした!

 

 

Number Girlの音楽性は一言で言えば「青春」「衝動」という感じ。

(前期後期でかなり変わるけど)

 

 

ロックのジャンルとしては「オルタナティブロック」というのに分類されるんですけど、

 

こんな音楽性のバンド、音のバンドは海外のバンドを見てみてもあまり無いし、

 

 

日本のバンドもNumber Girl以前に、

Number Girlのような音楽を作っていたバンドがいなかった!

 

 

 

つまり最強!

 

 

 

 

海外にもファンはいてアメリカでのライブを成功させている!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

つぎ本題!この「透明少女」という曲について!

 

透明少女を聴くとまず「テレレレレ・・・」という特徴的な、

 

比較的高音で構成されたギターのリフから入ります。

 

 

それが4秒くらい続いたあと「デンデンデーン・・・」という低音のギターが入り、

 

ドラムとベースが鳴り始めるけど、もう入りこの10秒で、独特の音の浮遊感が感じられます。

 

 

夏の曲なんだけど、

 

夏の浮ついたような感じと、日差しと、

 

街にある涼しさとが開始10秒にぎゅっと詰め込まれている感じで素晴らしいです。

 

その後歌詞に入ります。

 

「赤いキセツ到来告げて 今俺の前にある 軋轢は加速して風景 記憶妄想に変わる」

 

Number Girlのギターボーカル作曲者、向井秀徳は「感覚的フレーズの名手」として知られています。

 

ようするに、感覚的フレーズというのは、

季節感や、日常で何となく感じるあの感じを、そのまま言葉にしてフレーズで表すのが素晴らしく上手いという。

 

例えば上の歌詞言うと「軋轢は加速して風景」というフレーズ。

 

まあこれは正直意味がわからないけど、

 

 

夏の騒がしい感じと、やっぱり涼しさを感じません?????(感覚の押し売り)

 

 

 

そしてここでポイントになるのは「軋轢」という単語。

 

なんだが難しそうだけど、

 

意味は、人間関係で差や違いが生じること、また人と仲が悪くなること。

 

ここで疑問が生じる。

 

・・・誰と誰の軋轢なんだ?

 

 

 

 

実はこれは伏線で、のちのち回収される。

 

 

 

そして歌詞は「気づいたら 俺は 何となく 夏だった」と続く。

これすごくいい歌詞だと思う。

 

「季節が夏になっていた」でもなく「俺は夏を感じていた」でもなく、

「俺は何となく『夏だった』」

 

俺が「夏だった」のだ。

 

それと、「なんとなく」と言う部分も素晴らしいと思う。

 

季節の速さと、それに気づいた時には「夏の一部」になっている自分との対比と焦燥感が感じられる。

 

赫い髪の少女は 早足の男に手をひかれ 嘘っぽく笑った

 

歌詞は「夏」と「俺」の描写から、「赫い髪の少女」の描写に変わる。

 

ほんとうに、歌詞に無駄がない。

惚れ惚れする。

 

「早足の男」(=彼氏、もしくは近い関係の男)に手をひかれる「赫い髪の少女」に主人公が(一瞬でもずっとでも)見とれている、という構図が、

「嘘っぽく笑った」という1文から推察できる。

 

また、「嘘っぽく笑った」という文から、

「早足の男」と「赫い髪の少女」が、ただの彼氏彼女という関係では無いことが推察できて、すごくいい。

 

 

そして次。

 

路上に風が震え 彼女は「すずしい」と笑いながら夏だった

 

 

 

 

ここだよ!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

ここなんですよ。

 

「赫い髪の少女」が「嘘っぽく笑った」瞬間、「路上に風が震え」たんだよ!!!!!

 

素晴らしい。

「赫い髪の少女」の含み笑いと一陣の風が目にありありと浮かび上がるようだ。

 

「彼女は「すずしい」と笑いながら夏だった」

ここももう100点です、

才能アリ。

(プレバトの俳句の先生)

 

ここは「嘘っぽく笑っ」てないんですね。

ほんとに笑ってる。

そしてこの歌詞は、

 

嘘っぽい笑いとほんとの笑いの違いに気づけるほど「俺」が「赫い髪の少女」に見とれてる、という証明に改めてなってもいる。

 

完璧じゃない?????????

 

そして「彼女は「すずしい」と笑いながら夏だった」、

ここは最初の歌詞を踏まえると、

 

「俺」が「夏だった」わけだから、

 

「彼女『も』「すずしい」と笑いながら夏だった」とするのが適切なように思えます。

 

 

なのになぜ「も」じゃないのか???

 

 

俺は気になって気になって蘇るところでした。性的衝動が。

 

 

俺が思うに、これは「早足の男」という人物の存在を改めて想起させるという役目があると思います。

 

ようするに、

 

「俺」も、

「赫い髪の少女」も、

「夏だった」けど、

一緒の夏ではない。

 

お互い違う場所や社会にいる。

 

 

ただ、「俺」が、「赫い髪の少女」の微笑みに見とれているだけなのです。

 

それだけの関係だ、ということです。

 

それをあらためて聴き手に印象づけるため、ここはあえて「彼女『は』」としたんじゃないかと思います。(深読み暴走マン)

 

 

 

そしてここからいよいよお待ちかね。

 

サビに入ります!!!!!

 

 

 

透きとおって見えるのだ

狂った街かどきらきら・・・

 

 

 

最高です。

 

ギターのパワーコードが激しく移動し、脳に直接訴えかけてくるようです。

 

 

「赫い髪の少女」に見とれ、「街かど」が「透きとおって見える」・・・。

 

これはタイトルの「透明少女」の伏線回収です。

 

はじめて、ここで、イメージとして「透明」が出てきます

 

そして「狂った街かど」という単語、

これも感覚的フレーズっぽいけど、

ここでひとつ疑問が浮かびます。

 

 

何が狂っているんでしょうか?

 

ヒントになるのは「嘘っぽく笑う」というのと、最初の「軋轢」

 

誰と誰の軋轢なんだろう?

 

 

実はその答えはさっき長々と書いた「は」にあって、

 

「俺」と「赫い髪の少女」との世界の違い、社会の違い、場所の違い」の軋轢だと思います。

 

そして、そこから関係性を予想してみると色々わかってくる。

 

 

 

この曲がリリースされた当時は、いわゆる「援助交際」の全盛期でした。

 

 なので実はこの「赫い髪の少女」は、

 

援助交際相手の「「早足の男」に手をひかれ」、「うそっぽく笑った」(=営業スマイル)という解釈ができ、

 

それに当てはめるとしっくり来ます。

 

たしかに一瞬でも惹かれた女の子が援助交際をしているかもしれない「街かど」は、狂っています。

 

「俺」は「赫い髪の少女」に見とれているけど、

「赫い髪の少女」には「早足の男」という男がいる。

 

けど、「赫い髪の少女」が「早足の男」に向けている笑いも、「嘘っぽい」という・・・。

 

 

この複雑な関係性。

 

それをひっくるめてこの歌詞は「狂った街かど」と一言できっぱり、的確に表現しています。

 

ほんとに、素晴らしいの一言です。

 

 

 

でも、そんな「狂った街かど」だとしても、「きらきら」「透き通って見える」と言っています。

 

 

青春のありのままを表現している。

 

ここも素晴らしい。

 

この「きらきら」というオノマトペも、ギターの鋭角なジャキジャキサウンドと合わさって、

夏の空気感が、曲にさあっと広がる。

 

もう最高です。

 

 

そしてサビの最後です。

 

気づいたら俺は 夏だった風景

街の中へきえてゆく

 

 

 

あああもう

すごい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

「気づいたら俺は 夏だった風景」

 

この歌詞はふたつ切り方がありますね。

 

「気づいたら、俺は夏だった風景」

 

「気づいたら俺は、夏だった風景」

 

 

どちらを選ぶかで解釈が少し変わります。

 

「気づいたら、」では、

「俺」の存在が、改めて「夏」の中に、はっきり浮かび上がってきます。

 

「気づいたら俺は、」では、

「赫い髪の少女」を含む「夏だった風景」を、「俺」が呆然と見ている、という印象を受けます。

 

どちらもありえるのですが、

「気づいたら、俺は夏だった風景」のほうが、

「赫い髪の少女」に見とれてた「俺」が、「夏だった」「俺」に改めて気づく、という感じがして、個人的には好きです。

 

 

 

そしてサビが終わり、

曲は間奏、美しい高音のアルペジオに移ります。

 

そしてアルペジオが終わった瞬間、またイントロの「テレレレレ・・・」というギターリフが鳴ります。

そして2番に入ります。

 

ここで改めてイントロの、夏の浮遊感が、強く印象付けられます。

 

そして、

 

はいから狂いの 少女たちは 桃色作戦で きらきら光っている

 

という歌詞になります。

 

この

「はいから狂い」

というのは、

向井秀徳が好んで使用しているフレーズのひとつで、

同名の曲もあります。

 

そして、「桃色作戦」というのは、

 

やはり援助交際の隠語というか、イメージではないでしょうか。

 

そしてまた彼女たちは、「きらきら光」るわけです

 

サビの伏線の回収というか、関連付けというわけですね。

 

 

そして、

 

街かどは今日も アツレキまくっている

 

という歌詞になります。

 

まあ「アツレキまくっている」わけです。

これも感覚的フレーズでしょう。

 

1番の「軋轢」と違って漢字表記ではないのは、夏の「暑」とのダブルミーニングという解釈もできます。

 

そして「とにかく 俺は 気づいたら 夏だった」と、サビに入ります。

 

サビは前の歌詞とそっくり同じ歌詞が繰り返され、

改めて「透きとおって見える」夏が聴き手に印象づけられたあと、

 

パワーコードが移動して終わるのですが、

 

 

 

1番のサビ終わりの途中まで移動して終わります。

 

最後の最後に、これによって曲の浮遊感や、焦燥感が生まれます。

 

何から何まで計算づくでした・・・。

 

 

 

とりあえず何が言いたいかというと、

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな透明少女聴こう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

おわり!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

テスト前だよ・・・俺何やってんだよ・・・。